2015/04/21

スナップカーディガン


 パリで暮らしていた頃、流行っていたもの。スナップのついたカーディガン。色の種類が豊富で私も何枚も持っていた。これまた、日本では猫も杓子もみんな着ていた。私もその猫も杓子もの一人だったんだけど。。シックな色合いのものも着ていたけれど、手頃な値段だったから斬新な色合いも選んだりしていたな。あんなに持っていたのに、今は一枚も残っていない。いや、もしかしたら実家の押し入れの奥のほうに入っているかもしれない。とにかく、今はちょっと着るのに勇気がいるのかも。でも案外かわいいかもしれない。流行はいつかまた、巡ってくる。残しているとよかったのになと思うもの、残していてよかったなと思うものもいろいろあって、その頃の思い出がよみがえる。

 でもやっぱり、フランス人と日本人の温度差を感じずにはいられない。日本ではこんなに流行っているのに、フランスだとそんなでもないことが多い。そのスナップカーディガンも高校生の頃、私の住む所には売っていなくて、わざわざフェリーに乗って大阪まで買いに行っていたのに。。日本で流行っているからと言って、同じようにフランス人も、と思ってはいけない。
 あ〜、一枚くらい残しておけばよかった。今度、実家に帰ったら探してみよう。あっ、でも同じく、その頃流行った黒のキャップはまだ持っている。息子が小さい頃、何度か被っていた。二度なつかしい〜。

2015/04/20

黒リュック


 パリに暮らしている頃、6区のSt-Sulpice(サン シュルピス)教会のほど近いところにある、ナイロントートの店が大人気だった。パリへやって来たすべての日本人がそこを訪れ、そして大小様々なトートを何個も買い、街を歩く日本人はもれなく持っていた。大袈裟だけどそれくらい、流行っていた。

 かく言う私も何個も持っていて、色違いで欲しくなってしまい、次から次へと買ってしまっていた。まんまと罠にハマっている、そんな感じだった。でもこれが何でもポンポン入れられて、汚れても気にならず、大きさ以上にさらに入る優れもので、仕事道具を入れるのに打ってつけだった。
 最近ではそんなに見なくなったけれど、実は有名なトートよりもリュックがお気に入りで歴代何個も使っていた。今も我が家には、閉まりの悪くなった微妙な色合いの深緑のデイバックがぶら下がっている。最近では全然使っていないけれど、どうしても捨てられない。見つめながら、フランスのものって何でこんなに微妙な色がいいんだろう、と思ってしまう。
 そして、はずせないのは黒。黒のリュックを背負うと何だか落ち着く。ブランドは違うけどパリへ行き始めた頃、息子が肌身離さず持っていた黒のちびリュックを、今は私が使っている。リュック、大好き。

2015/04/19

日本食


 そっか〜、そうよね。私がこれ、おいしいよ、ってブログに書いても、え〜っ、そうなのって思うものもあるらしい。「食べたことのないものもあるし、食べたことのあるものでも、きっと、私がおいしいのを食べたことがないのかも。。」と、お客さんに言われたけれど、もちろんフランスで食べたほうがおいしいものもあるだろうし、でも好みってこともあるので、その辺はご了承くださ〜い。

 さて、パリに暮らしている頃、日本食が食べたくてよく作っていた。パリで暮らすまでは白米がなくても困らなかったし、お味噌汁もどちらかというと飲まないほうだった。でも簡単に食べれないと、余計に食べたくなるものだ。スーパーや朝市で調達できない材料は、中華スーパーで買ったりして何とかそれらしく作っていた。
 よく作っていたのが、おにぎり。ちょっと出かける時、小腹が空いたとき用に何個か作って、かばんにしのばせていた。それを公園のベンチで食べていると、ちょっと不思議そうに眺めていたフランス人。今ではポピュラーになった日本食も、その頃はあまり知られていなかったからだろう。まず、手でにぎるおにぎりや握り寿司はあまり好まないだろうな、とも思っていた。でも今は、どちらもフランス人に人気だ。ウチにやって来るフランス人の友達は、鍋も箸でつついて食べる。どんなに仲が良くても、昔はそんなもの、出す勇気もなかった。
 でも、日本人みたいなフランス人が増えてきてるようだ。箸も上手に使いこなし、麺類もすすって食べられるフランス人が増えているらしい。すごいな〜。

2015/04/18

エスカレーターと扉


 フランスではエスカレーターに乗る時、立ち止まる人は右側に立つ。でも、フランス滞在一日目はつい、クセで左側に立ち止まってしまいそうになる。ちょっとしたことだけど、身体がつい反応してしまうのだ。

 自動でない扉を開ける時も、つい出てしまうクセがある。フランスでは次の人のために開けて待っていてくれる。それがすぐ後ろにいようが、ちょっと離れていようが開けて待っていてくれるのだ。つい悪いなと思って小走りしてしまいそうになるけれど、心配することなかれ。とにかく、全員と言っても過言ではないくらい、どの人も自然に扉を開けていてくれる。私もついクセで、同じように待ってしまう。
 
 日本だと。。すぐ後ろだと待っていてくれるけれど、ちょっと離れていると、開けて待っていてはくれない。でも私は待ってしまう。いやいや、別に嫌なわけじゃない。そのほうが自然なのでそれはそれで問題ないし、お礼を言われるとそれを待ち望んでいるわけでもないんだけど、やっぱり気持ちのよいものだ。
 ただ、ちょっとびっくりしてしまうのは、開けて待っている私の脇をすり抜けて行ってしまう人が結構多いのだ。私はドアマンじゃないのよ、と言いたくなる。それはないんじゃないの〜。。案外フランス人はいい人、なのよっ。

2015/04/17

鴨のコンフィ


 フランスに行くと一度は食べる、食べたくなる ”le confit de canard”(ル コンフィ ドゥ カナール)『鴨のコンフィ』。コンフィとは「砂糖や酢、油などに漬けた」という意味。フランスの南西部の発祥で、もともとは長期保存するために考えられた調理法。外はカリッ、でも中はホロホロとした柔らかさになり、一度食べると病みつきになる食感と味。だから、フランスへ行くと必ず食べたくなる。 

 ほとんどの友達に作ってもらったことがあるけれど、家庭の味っていうのがあるのだろうか、焼き加減もちょっと違ったりもするけれど、でもおいしくないコンフィを食べたことがまず、ない。レストランへ行っても間違いのない味。メニュー選びで迷った時は『鴨のコンフィ』にしておけば間違いない。
 
 今まで食べた『鴨のコンフィ』で一番おいしかったのは、Isabelleの双子の姉妹
Dominiqueが作ってくれたコンフィ。Isabelleはその場にはいなくて、そのうえ初対面というシチュエーションだったけれど、大好物が出てきた感激とおいしさで場は和み、すぐに仲良くなった。ほんとにおいしかったなぁ。
 そうだ、おいしいものを同じテーブルで食べるって、とっても大事なことなんだ。
 

2015/04/16

住処


 初めてパリを訪れた時、一日中、街を歩き回って、暗くなった中、ホテルに戻るとすごくほっとしたのを今でも覚えている。別に何てことないホテルだったけれど、長期滞在の住処ってことである意味、我が家だったのだ。だから、ホテルの周りは詳しくなったし、気に入った雑貨屋さんの前を通っていろんなものを眺めるのが日課になっていた。

 暮らし始めた頃、その通りを歩いてみたけれど、ほとんど何もない、なぜそこが気に入っていたのかすらもわからない通りだった。だから、その後、その通りに行くこともなくなり、すっかり存在自体も忘れていた。。
 帰国が決まり、銀行の口座を閉めるために訪れた場所が、まさにその雑貨屋さんのある通りで、帰るために訪れたのに戻って来た、という気持ちになった。その雑貨屋さんを覗いてみたけれど、別に特別なものは何もなくて、なぜあの頃、毎日のように立ち寄っていたのかわからなかった。でも、近所を散歩している感覚で落ち着いていたんだろうな、と今になって思う。
 ホテルに帰ると、お風呂に入って次の日の予定をたてるのが楽しみだった。もうひとつの楽しみは天井高くに設置されたテレビで、その時期やっていた全仏オープンの観戦。テニスならではのあの緊迫感とちょっとさみしいホテルの雰囲気が何か好きだった。あれ以来、テレビでテニスを観るのが好きになった。
 あの雑貨屋さんは今でもあるのかな。あったら覗いてみたい。

2015/04/15

敬語


 毎日書いていることよりも、日々の早さにびっくりする。この間、1年経ったことを喜んでいたのにもう400回目のブログだ。

 一昨日はXavierから、昨日はRaphaelからメールがやって来た。知り合った頃はまだ子どもだったふたりと、こうやってメールでやり取りする日がくるなんて。。ほんとに時が経つのが早すぎてこわい。
 
 フランス人の間では仕事や学校以外では目上や年上という観念があまりない。初めて会ったのでなければ、年上でも友達と話す時のように敬語は使わない。もちろん、名前も呼び捨てだ。だから、久しぶりでもかしこまった感じにもならないし、昔のあの頃のまんまでいられる。フランス語は日本語に比べて、そういった意味ではとても気軽に使える言語だと思う。名前だけではない。主語の ”Vous”(ヴー)から ”Tu” (テュ)に変えるだけで、かしこまった感じから、くだけた呼び方になるのだからわかりやすい。
 もちろん、フランス語にも敬語ってものはあるし、仕事上や知らない人には必ず使う。フランス語も日本語も敬語がなければ覚えることも少ないのになぁ。